神は愛なり

P1030712ガリラヤ海

2017年12月24日 クリスマス礼拝説教要旨       「神は愛なり」      瀬戸毅義
1954(昭和29)年9月26日のことです。青森から乗客を乗せ、午前11時5分に函館へ到着した洞爺丸は、台風15号(通称・洞爺丸台風)を警戒して午後2時40分の出港を見合わせていました。この台風の瞬間最大風速は、 函館て秒速40メートル、室蘭で59メートルを記録しました。
洞爺丸は3800トンもある大型船で天皇も乗船したほどのしっかりした船ですので、多少の嵐には耐えると思われました。船には乗客1167人、乗組員147人が乗り込み、ほぼ満員状態でした。風雨はまた強くなって来ました。まずいと判断した船長は函館港から5kmしか進んでいないところで航行を中止させ、錨を降ろして、風雨が弱くなるのを待ちました。ところが実は台風は日本海を進行中に急速に速度を落としていて、まだ北海道に到達していなかったのでした。
船を飲み込むかのように襲ってくる高波は、船尾から船内へと浸入。船底にある機関室では、排水ポンプを使って海水を流し出す懸命の作業が続けられていました。
「最初はザーという程度だったが、最終的には滝のような浸水。防水対策も、入ってくる水の勢いには勝てない」状態でした。エンジンが利かなくなった船は、両手両足がなくなったも同然でした。
青函連絡船洞爺丸は函館市郊外の七重浜で座礁、横転。この海難で乗員・乗客l,092人が死亡、83人が行方不明となる大海難事故となりました。嵐の中、洞爺丸が座礁すると、人々は一斉に救命具に殺到しました。乗客は競って救命具を取り合いました。この中に3人の宣教師がいました。リーパー宣教師は子連れの母親に、ストーン宣教師は若い学生にそれぞれ救命胴衣を譲り海の藻くずとなって消えていったのです。ディーン宣教師は恐怖におびえる乗客に、自慢の手品を披露、船室の空気をやわらげることにつとめた。そしていよいよ沈没が避けられなくなったとき、女性や子どもたちに救命具を着せてやり、最後まで励ましのことばをかけながら死んでいきました。この3人の宣教師の尊い行いは多くの人達の胸をうちました。聖書は言います。「あなたがたは、地の塩である。 あなたがたは、世の光である(マタイ5:13-14)。「 愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている」(ヨハネ第1 4:7)神の私達に対する深い愛を知ると地の塩・世の光としての働きが出来るのだと思います。
クリスマスはイエス・キリストの降誕をお祝いする日です。主のご降誕を祝うこの日は、神の愛を私たちに教えてくれる日です。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。(ヨハネ第一 4:9-10 新共同訳)