「あなたは、私に従いなさい」 ヨハネ21章3~6節、15~18節 協力牧師 瀬戸毅義
ヨハネの福音書21章に二つの事が記されています。最初はテベリヤ湖畔における復活のイエスとの邂逅です。ペテロ達は夜通し働きましたが、何も取れませんでした。イエスの言葉に従うと大漁でした。同様の記事は、少し違いますがルカ福音書にもあります[1]。ヨハネ福音書の21章はあとからの付け足しと言われます。著者(編集者)の目的は、イエスの復活を証明することだけでなく、弟子たちを世界伝道に派遣することでした。153匹の魚にも意味を持たせています。幾つかの解釈を挙げてみましょう。当時は魚の種類は153種であると考えられていてここでは全世界の人々を示し、いつか世界中の人々はイエス・キリストに集められるのである。他の解釈では153が17の三角数であるから、17と同じ意味である。17は使徒行伝2:7-11にある人種の数であるから、これは全人類を意味するという。テベリヤ湖畔でのイエスとの出会いから学ぶことは、私たちの歩みも伝道も主の言葉に従う時に成功をおさめる。信徒がいかに多く集められても、主に拠ってできた教会は裂けたり破れたりしない。伝道は人の業ではなく神の業である。
21章15節以下はペテロのことを書き記しています。ペテロは復活のイエスと出会い信仰を変えられました。イエスは三度目に言われました。「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは心をいためてイエスに言いました。「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。すると主は彼に言われました「わたしの羊を養いなさい」。3度の問いかけは、ペトロが3度主を否んだことに合わせて書かれているのです[2]。主の弟子であることを告白する勇気も信仰も、彼にはありませんでした。
復活のイエスと出会ってペテロの信仰は大きく変わりました。後年、ペテロは逆さ十字架で殉教の死を遂げたと言い伝えられます。それを思わせる記事がここにあります。「よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。ポーランドの小説家、シェンキヴイッチの『クォー・ワディス』は有名です。ペテロがネロの迫害を避けようとしてローマの町から逃げ出そうとしている途中にキリストに出くわしました。「主よ、どこへ行かれるのですか?[3]」と尋ねました。「お前がローマのクリスチャンを棄てるから、自分が行ってもう一度十字架にかかるのだ」と言われました。ペトロは己にかえり、引き返して磔になって死んだというのです。(資料『ペテロ行伝』)彼の信仰がかくも強められたのは、背後にキリストの祈りがありました。次の言葉がそれを教えています。「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22:31-32) 主と歩むことに恩寵と恵みが伴います。
ペテロはイエスに訊ねました。「主よ、この人はどうなるのでしょうか」[4]。主の答えはこうでした。
「あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい」 神からいただいた君の道は、君だけの道だよ。辛くともその道を歩きなさい。君の道は、Aさん、Bさん、C君、D君とは違うのだ。イエスはそうペテロに言われたのだと思います。
[1] ルカ5:1-11
[2] マルコ14章66-72
[3] ヨハネ13:36 英語 “Lord, where are you going?” ラテン語Domine,quo uadis?
[4] ヨハネ21:21