2016.12.11説教要旨 聖書箇所:マタイ1:18~24節
説教題:「ヨセフの献身 そしてインマヌエル」 神学生 諸岡 寛
今日の聖書箇所は、イエス・キリストの誕生の有名な箇所です。マタイ福音書もルカ福音書も、夫ヨセフとの婚約中にマリアが聖霊によってイエスを身ごもったと記されています。
それは、イザヤ書7:14に預言されています。「見よ、おとめが身ごもって、男の子を生みその名をインマヌエルと呼ぶ」。インマヌエルとは、「神は我々と共におられる」という意味です。「インマヌー」が「宿る」、「エル」は神です。どんなに状況が悪くなっても、国が滅ぼされそうになっても、「神が我らと共にいる」というみ言葉は真実だということです。さらにイザヤ書8:10でも「神が我々と共におられる」とインマヌエルを告げます。しかし、マタイは、イエスの生誕はこのように神に望まれ、かつ神の働きによるのだ、イエスはこの意味で神の子である、という以上のことは語りません。イエスの生誕の奇蹟については、実に控えめに語られています。
19節には「夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表沙汰にするのを望まず、ひそかに縁を切ろう決心した」とあります。この「正しい人」は、岩波訳では、「義しい人」と訳しています。それは「律法に忠実な人」という意味でしょうが、律法に従えばマリアは姦淫の罪に問われます。ヨセフは悩んだ末にそのような事態は避けようとして「ひそかに縁を切ろう」としたのです。ヨセフはマリアを離縁しようとした時、主の天使が現われ、「恐れず妻マリアを迎え入れなさい」と語りかけます。ヨセフはマリアとその子と共に生きていくことを受け入れ。従順を示します。インマヌエル、「神が我々と共におられる」がゆえに、ヨセフはマリアと共に生きていくことを選び取ったのです。イエスの誕生にヨセフは大きな働きを担うのです。