【聖書箇所朗読】
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2020年7月5日説教要旨
聖書箇所 アモス書5章14節
善を求めよ
瀬戸 毅義
善を求めよ、悪を求めるな。そうすればあなたがたは生きることができる。またあなたがたが言うように、万軍の神、主はあなたがたと共におられる。
1章1節に「地震の2年前」とある。学者の研究によるとこれは紀元前750年頃とのこと。今から2700年以上も前のこと。聖書とはいえ何故このような古い時代のしかも異国のことを学ぶのか。
聖書は真に尊い書物である。例えていえば人が生きるための食物のようなもの。食物といえばバランスが大切である。マタイから黙示録まで新約聖書27巻。創世記からマラキ書まで旧約聖書39巻。各書が大切である。聖書全部が生きるための指南書のようなもの、ガイドブックのようなものである。
アモスは南王国ユダのテコアという所に住む人であった。牧畜と桑の樹の栽培で生計を立てていた。預言を職業とする人ではなかった。彼は職業的預言者、宗教家とは関りがなかった。
彼の住むテコアの村はベツレヘムの東南約16キロの場所。そこはユダの山地が崖となり眼下に死海を見下ろす高台であった。死海との間にはユダの荒野といわれる岩石荒涼たる場所がある。獅子の咆哮も時折聞かれた。要するに都会ではなく田舎であった。彼の生活も貧しかった。
ある時彼が野道を歩いているときであったろうか。彼は心中、神の声を聴いた。「あなたは行ってわが民イスラエルに預言せよ」と。これが神からの召しであった。彼の時代、北はヤラベアム2世(前786-746)、南はウジヤ王(前783―742)であった。国土も拡大し繁栄していた。政治的にも軍事的にもダビデ王の時代を思わせるほどの隆盛であった。しかし国内的には社会的不正義と道徳的堕落があった。裁判の不正、賂(まいない)の横行、富者による貧者の搾取などなど・・・。根底に宗教的堕落があった。これらを放置すればこの国は亡びる・・・これを人々に知らせ、その行いを改めさせねばならない。この重大な任務が彼に託されたのである。3章、4章、5章、6章に具体的にそのことが書かれている。
アモスは物怖じしないでイスラエルを糾弾した。7章11節にベテルの祭司アマジヤ(アマチヤ 関根訳)のことばが残っている。
「先見者よ、さあユダの国に逃げて行って、そこで君の生業(なりわい)をしたらよい。・・・・しかしベテルでは重ねて預言してはならない。ここは王の聖所、王宮のある所だから」(7:12-13)。
アモスは答えた。「わたしは預言者でもなく、預言者の子でもない。わたしの商売は牧畜と桑の樹の栽培だ。ところがヤハヴェが群の後を追っていたわたしを引き離して、ヤハヴェが『行って、わが民イスラエルに預言せよ』とわたしに言われたのだ。(7:14 関根訳)
ししがほえる、だれが恐れないでいられよう。
主なる神が語られる、だれが預言しないでいられよう。(3:8 口語訳)
アモスは主から召しを受けたのだ。何を恐れることがあろうか。
アモスの預言は3、40年後に実現した。紀元前721-722に首都サマリヤが陥落し、主要な市民は異国に捕え移されたのである。
アモスの信じた神は己の国だけを依怙贔屓するのではない。アモスは自国のみならず周囲の国々の罪を糾弾し神の裁きを預言した。
神が望まれるのは世界の国々とそこに住む人たちが、今朝の聖書のことばのように歩むことである。
善を求めよ、悪を求めるな。そうすればあなたがたは生きることができる。またあなたがたが言うように、万軍の神、主はあなたがたと共におられる。
日本の敗戦もアモスの言葉を適用すれば、国民も指導者も正義を行わず、悪の道を進んだからではないか。軍備を誇った過去の大日本帝国だけではない。今世界の国々を観察すれば、悪の道を進み善を行おうとしない国々があるのではありませんか。そういう国々には必ず遅かれ早かれ公平なる神の審判が行われる。そのような国は滅びてしまうのです。
アモス書は世界の歴史の厳粛な事実を私たちに教えます。どうしたら国も人も正しい道を歩み幸せになれるのか。聖書は歩むべき道を教えている。聖書は決して難しいものではありません。