【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2026年3月8日説教要旨
聖書箇所 コリントの信徒への手紙一 13章8~13節
最も大いなるものは愛
原田 寛
教会は、多種多様な人が集まるところです。パウロの手紙では、ユダヤ人とギリシャ人とが、ユダヤと異邦人というざっくりとした分類になっていますが、古代から交易で名を残したコリントは、国際色豊かな町でありました。パウロ書簡においては、自由人と奴隷とか、未開の人、シルクロードを利用してきたスキタイ人など多様です。多様というのは、生活習慣もいろいろだということです。
コリントの教会には、背景の異なる人たちが集っていました。だから、意見の隔たりも起こり易かったと言えるでしょう。わたしは、神様が注がれた賜物の違いも、その捉え方の違いも、様々であったと思います。パウロをはじめとする指導者は、教会の目的「福音宣教の業」のために集中するよう導いても、教会の現場では、評価の仕方や捉え方などに違いがあると混乱することがあります。混乱は、肉の業を生み出してしまいます(ガラテヤ5章19節以下)。たとえそれが、正しいと言える事柄であっても、人の思いが先立ってしまえば、いずれ混乱を起こしてしまいます。
パウロは、「預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、9:わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。10:完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。」と伝えます。人が語っている預言も異言も知識も過ぎ去っていくようなもので、真実な事柄の一部なのだと。しかし、「完全なもの」がきたら、すべてがわかると記しています。「完全なもの」は、完成されたもの、最終形態、というようなものだと思います。つまり、世の終わりの時です。神が成し遂げる時のことです。それは、わたしたちが信じる事柄、救いの完成、神の国の到来、死者の復活、永遠のいのちが明らかになるのです。
信仰者は、この信仰ゆえに現実の中で試練を受け忍耐をします。この忍耐は、無実であるにもかかわらず十字架につけられた主イエス・キリストの十字架の苦しみと死を想起します。神は、主イエスを死から三日目に復活させます。信仰は主の復活と聖霊として共におられることを知り、信仰ゆえに希望を抱くのです。
信仰と希望は、強く御言葉として結びついています。簡単に結びついたわけではありません。それは、幼虫が成虫になるときに古い殻を破るようです。幼虫が成虫になるという事は、容姿が変わり能力が変わるということです。しかし、成虫になることは簡単ではない。そこに古いものに執着していることを脱ぎ捨てます。それは、ある意味、苦しみや痛みだと思います。神は、その愛に基づいてその苦しみや痛みを赦し癒すのです。神の愛がひとりひとりを成長させているのです。神の愛の支えがあるので、人は神の国にふさわしく成長していくという事です。
多種多様な交わりが進む中の教会は、教会のお互いの関わりにおいて、信仰と希望と愛は、常に常用です。その中で最も大切なのは『愛』です。教会の関わりの中で、隣人を愛することが求められます。主イエスによって表された愛が大切です。
![]()






