【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2025年6月8日説教要旨
聖書箇所 使徒言行録2章14~21節
老人は夢を見、若者は幻を・・・
原田 寛
○ 聖霊降臨日(ペンテコステ)は、キリスト教会創立記念の日です。
弟子たちがエルサレムの片隅で集まり祈っていた時、1章5節で約束された聖霊が注がれました。すると、弟子たちは、いろいろな国の言葉で語り始めました。エルサレムには、七週の祭(モーセが十戒を授かったことを記念する祭)と春の収穫祭のため、多くの人々が諸外国から集まっていました。その人々は、弟子たちを見て、新しい酒に酔っているのだと考えました。
キリスト教会の始まりは、世の中に対して静かな始まりではなく、センセーショナルなものでした。弟子たちにとっては、十字架につけられたイエスの弟子であること事態がマイナス要因であると思われますが、ここで、語り始めたことは、世の中へ新たな信仰を告白すると共に、主イエスへの信仰の道が確かなものであることを示しました。
○ 「聖霊」が注がれた・・・ヨエルの預言を示して
ペトロは立ち上がり、伝えました。酒に酔っているのではない、ヨエルが預言しているように「聖霊が注がれた」のだと。そして、十字架につけられた主イエス・キリストは、死んで三日目に復活されたこと。このイエスこそメシアであることを伝えます。祭りのために諸外国から集まっていた人々は、自分の聞きなれた言葉で聞いたのではないかと思われます。イエスは「聖霊」について、「弁護者」であり「真理の霊」であり共にいてくださる方であると教えました(ヨハネ14章15節以下)。ペトロや他の弟子たちは、聖霊の助けをいただいて語ったのです。
ヨエルは、「霊が注がれると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る」と語ります。預言は神様から預けられた言葉のことで、それは、老人にとっては「夢」のようであり、若者にとってはこれから実現する「ビジョン」ということなのでしょう。
○ 老人は「夢」を見る
神の啓示は、旧約聖書において何度も示されています。しかし、一方で、エレミヤ書23章25節以下にあるように、偽りの預言者たちが神の名によって偽りの預言をする際に、「わたしは夢を見た、夢を見た」と言って、お互いの夢を解き明かして、神の名を忘れるように仕向けたと主が言われると書かれています。エレミヤの時代、偽預言者たちの言葉の影響を多くの人が受け、躓いていくことになるのです。
聖霊によってあらわされた預言の言葉は、老人に夢を若者に幻を与えます。老人の夢は、様々な経験を越えたところで語られていくのです。その内容は、ルカが伝える使徒言行録の記録に反映しているのでしょう。
○ 夢のつづき
老人の夢は、使徒言行録のつづきも展開しますそれは、福音がユダヤ人からはじまって全世界中に拡がっていくということ。今、わたしたちがそれを受けて主イエス・キリストを信じ、礼拝する者となっているということ。若者たちは、幻を担って歩むのです。
私たちは、「老人」ですか。「若者」ですか。聖霊を受けて「イエスは主である」と告白するものとなりましょう。