【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2024年7月28日説教要旨
聖書箇所 ヨハネによる福音書17章1~5節
「永遠の命について」~序章~
原田 寛
イエスは、最後の晩餐において弟子たちに、話すべきことを話し終えて、祈られました。そのはじまりの部分で「時が来た」と言われたのです。その時は、十字架にかかって死ぬこと。そして、三日目に復活することです。復活は、歴史上、イエス・キリストにおいてのみ成就したのであって、他にはないことです。唯一無二のできごとを指して言われている「時」です。そして、この「時」において神の「栄光」が現わされるのです。
人として、「死んで復活すること」は驚きです。祈りはさらに、「永遠の命」を言葉にします。「復活」から、死ぬことなく生き続けるという意味の「永遠の命」を表します。祈りはさらにイエスが、「永遠の命」を授ける立場であることがわかります。とにかく、前代未聞の事柄がイエスの祈りとして表されています。
そして、「永遠の命」を授かる人は、「まことの神と神がお遣わしになったイエス・キリストを知ること」が、授かることであることが述べられています。
さて、人生100年時代と言われ、その人生の多くは、自分自身にも周りの人にも気を使うものです。そのことを「永遠に」続けなければならないなんて、ごめんだと考える人は多いことでしょう。この世を楽しく豊かに過したいというのです。聖書の話も、人として生きていくのに大切なことを聞けば十分だと考える人たちもいるわけです。
父なる神と御子イエス・キリストを知ることの意味は、とても深いのです。それは、助けられること、支えられること、救われること、守られること、癒されること、力づけられることなどを經驗していきます。つまり、神の愛と慈しみ、憐みを受けて生きているということです。そして、永遠の命は、人が御子イエス・キリストに繋がり続けることで、実を結ぶように続いていくのです(ヨハネ15章)。