【聖書箇所朗読】
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2020年8月2日説教要旨
聖書箇所 ルカによる福音書16章1~9節
ある決断-杉原千畝のビザ発行
瀬戸 毅義
8月はいつも日本と戦争のこと、終戦記念日のことを考えます。今朝は註解の難所といわれるルカ16章の不正な管理人の譬え話を学びます。このたとえ話を理解するため杉原千畝のことを学びます。
杉原千畝(1900/明33-1986/昭61)の生涯を見ますと、日本の戦争の時代を生きた人でした。日本の戦前戦後の時代を思いますと暗いことばかりが多いようですが、杉原千畝の話はそうではありません。私たちを今も励ましてくれる明るい実話です。
さて今朝のテキストを見ますと、新共同訳では不正な管理人(8節)とし、大正文語訳では不義なる支配人とある。塚本虎二訳では不埒な番頭となっている。口語訳で「不正な家令」です。
New Living BibleではThe Parable of the Shrewd Manager。英語shrewdには様々の意味・ニュアンスがある。賢い(sagacious); 鋭い, 鋭敏な, 洞察力のある (astute, penetrating); 抜け目のない (keen-witted)など。(新英和大辞典 第6版)
主人はこの支配人の抜け目のないやり方をほめたとあります。
『世の光』誌2018年度に一年間にわたりルカ福音書の聖書研究が掲載されました。この聖書箇所を理解するのに重要ですので一部を引用させていただきます。
「9節の言葉によって、管理人が称賛されたのは友を作るために行動したからであったことが分かります。その意図は、次のように説明できます。金持ちの主人は「お金に執着して他人を切り捨てる人物、管理人は「お金を自由に用いて友人を得ようとする人物」という対照が読み取れます。つまり、イエスは強い立場の「雇用者」と弱い立場の「従業員」という縦の関係ではなく、連帯できる「友」や「仲問」という横の関係の重要性を説いていると考えられるわけです。もちろん、それでも不正は許されないと考える人もあるでしょう。しかし善悪を基準にした行為の価値判断は、イエスの福音と何の関係もないのです。それどころか福音理解の妨げになります。」(『世の光』2018年12月号)
9節の「富がなくなった場合」は原語ではただ「なくなる」で第三人称単数です。従って何がなくなるのか不明で、信仰とも(22:32)、年齢とも(ヘブル1:12)、富とも、単に死ぬることとも解し得る。イエスが不正な管理人をほめられたのは、その不正自身を褒め、それを真似よと言われたのではもちろんない。この管理人が悪いことまでして将来のために計ったその熱心さを真似よと言われたのである。他人からは悪賢いとみられるくらい懸命に神の国のためにわたし達は準備しなければならない。畑に隠してある宝を見つけた人のように(マタイ13:44)。彼の抜け目なさ、賢明さ熱心さに学べ。わたし達はこの地上生活において各自に与えられたすべてのもの、富も力も名誉も学門も、ありとあらゆる事物境遇を総動員して、将来(来世)のために備えよとイエスは教えた。金持はその富を、貧者はその貧を、健康者は健康を、病者はその病を最大限度にまで利用せよと言われたのです。(塚本虎二の註解・著作集5)
私はこの譬え話で杉原千畝(1900-1986)のことを考えました。
杉原千畝がリトアニアのカウナスに領事館開設を命じられたのは1939/昭和15年のこと。翌1940/昭和16年は日独伊3国同盟の調印です。
外務省の拒否にもかかわらず、杉原がユダヤ難民への日本通過ビザを大量発給したのは1940年の7月です。8月26日までに2139家族にビザを発給しました。9月にカウナス領事館は閉鎖されたのですから、まさに摂理ともいえる歴史の数か月です。
杉原一家は1947/昭和22年に帰国しますが、ほどなくビザ発給の件により外務省のポストは失われます。そのころ3男の晴生が小児がんで亡くなりました。杉原夫妻はロシア正教の洗礼を受けたクリスチャンでした。
1985/昭和60年杉原は、東京のイスラエル大使館で、イスラエル政府から日本人として初めて「諸国民の中の正義の人賞」(ヤド・バシェム賞)を受けました。
杉原は妻にしみじみと以下のようにいいました。
「私のしたことは外交官としては間違ったことだったかもしれない。しかし、私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった。そして、それは正しい行動だった……」「私の行為は歴史が審判してくれるだろう」(『六千人の命のビザ』杉原幸子著)
戦後の経過をみれば、杉原のしたことは正しかった。多くのユダヤ人の命を救い大きな実を結びました。
外務省の拒否にも関わらずビザを発行した杉原千畝には、ルカの不正な管理人とどこか相通じるものがあるように思います。
私たちは、何かの地位にいるなら場所にいるなら、自らの力の及ぶ限り、何かできるのです。イエスはそのことを言われたのだと思います。そのときは杓子定規的に考えない思い切った行動が求められます。不正な管理人の場合も、杉原千畝の場合も同様でした。
猶太難民哀訴聲
急時査證有恩情(旧字)
徒祈無事着東土
博愛奇功尽是驚
猶(ユ)太(ダヤ)難民(なんみん) 哀訴(あいそ)の声(こえ)
急時(きゅうじ)の査証(さしょう)に恩情(おんじょう)有(あ)り
徒(ただ)祈(いの)る 無事(ぶじ)に東土(とうど)に着(つ)くを
博愛(はくあい) 奇功(きこう) 尽(ことごと)く是(これ)驚(おどろ)きなり
査証(ビザ)=(visa)旅券の裏書証明。ビザ。入国査証。東土=日本。