【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2024年1月7日説教要旨
聖書箇所 フィリピ信徒への手紙2章1~4節
キリストを模範にして
原田 寛
新年のあいさつを避けなければと思わされる出来事が、石川県能登半島で1月1日から起こりました。被災地を覚えて祈ることを大切に思いましょう。また、わたしたちに何か出来ることをして、支援に協力していきましょう。
フィリピの教会は、パウロの働きを覚え、祈り支えてきました。パウロが投獄された折には心配をし、援助のために金品を準備して、エパフロディトを派遣するほどでした。パウロは、そんなフィリピの教会に獄中から、この手紙を励ましを受けつつ、喜びつつ書いています。
キリストを模範にするように勧めます。それは、イエス・キリストを通して、神の励まし、神の愛と慰め、聖霊の交わり、慈しみと憐みということ。私たちがまことに神に出会い、導かれ、赦され、受け入れられ、恵みを受け愛されているかと。その信仰に基づいて、同じ思いを持ちましょうということです。
同じ思いというのは、教会的にいえば「教会の信仰告白」であり、ミッションステートメントと言えるでしょう。それらには、個人的な思いは反映されていないからです。その思いをもって他者を受け入れていくことが求められていると考えていいでしょう。
注意しなければならないのは「3:何事も利己心や虚栄心からするのではなく、」ですね。「利己心」「虚栄心」は、みな自分のことを振り返れば、思い当たることがあるということでしょう。神はすべてご存じです。
キリストを模範にするということは、古い自分を十字架につけ、新しい命をいただいいて生きるということでしょう。別に、キリストは古い自分を十字架に着けたわけではないでしょうが、それは、罪深い人として死に、新しい命に生きる者となる。私たち的に言えば、イエス・キリストと共にあるものとなるということでしょう。
そんな私たちが、被災地を覚えて祈る、支援活動をするということは、明日はわたしたちが被災するかもしれないということを、感じとりながら、謙虚に、できることを求めていくことにあるということでしょうし、目の前の、求めている人のために祈り、また、与えられていることに対して、できることで対応するという意味でもあると考えます。イエス・キリストであれば、どのように応えられたかを、祈り求めつつ、そうしていくことが重要です。