【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2026年3月22日説教要旨
聖書箇所 マルコによる福音書14章35~36節 使徒言行録17章24~25節
ゲッセマネ・信教の自由
瀬戸 毅義
今朝の宣教(説教)は二つの内容を含んでいる。ゲッセマネでのイエスの祈祷が一つであり、いま一つは信教の自由の日のことである。信教の自由の日という言い方は建国記念の日に対するキリスト教の言い方である。それには背景がある。今朝はこの二つのことをおはなししたいと思う。まずゲッセマネであるが、これは聖書教育3月22日の主題である。ゲッセマニは(ギリシャ語)は地名でありそのヘブライ語は「油しぼり」の意味である。エルサレム付近にはオリーブに関連する地名が多くオリーブの栽培が広く行われていたことを示している。ここはイエスが十字架にかけられる前夜、切々の祈りを捧げた場所である。オリブ山にあるこのオリーブ園は、主イエスが退いて祈ることを常とされたところでもある。この場所を、関谷定夫先生は、著書「聖書のあけぼの」「新約聖書の考古学」に詳しく写真と共に書いておられる。
さて皆さんは神をどう定義しますか。「神は愛である」と言う人が多いが、わたくしはそれでは不十分と思う。正確には神は愛であると同時に義なのです。先ほど讃美歌229番「十字架のもとは」を歌いました。英語でこの讃美歌はBeneath the cross of Jesusとはじまります。そこに十字架は神の愛と神の義が交わる場所だとある。実に上手い表現だと思う。O sacred place where Heaven’s love、And Heaven’s justice meet.とある。1954年の教団讃美歌ではこのところを神の義と愛のあえるところと訳している。神が愛だけなら十字架はありません。神は愛だから簡単に慈悲のホトケのようにゆるす、ゆるすということでありません。罪の取り扱いはキリスト教と仏教では違う。贖罪の深い意味がここにある。
使徒言行録の個所は、パウロがアテネの町で市民に語った言葉である。パウロが現在のわが国に来れば同様のことばを述べると思う。2月11日が「建国記念の日」として制定実施された1967年以来、日本基督教団(バプテスト連盟も)では、「信教の自由を守る日」としてこの祝日に、各地で2・11集会を開催して、過去を反省し信教の自由を考える日としてきました。その背景には戦前の学校教育の実態や戦後の自衛官護国神社合祀事件(中谷訴訟)などがあると思います。
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