【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2022年6月5日説教要旨
聖書箇所 マルコ5:1-10
ゲラサの豚
瀬戸 毅義
家族のもとに帰り知らせなさい。マルコ5:1-10
聖書を読むと様々のことが書いてあります。旧約39巻、新約27巻と内容も豊かです。聖書は読んですぐわかるものではありません。わかりにくいところがあってもいいのです。聖書は特別の尊い書物です。分かるところから読めばいいとおもいます。今朝の聖書のところはマタイ福音書(8:28-34)、ルカ福音書(8:26-39)にも記されています。
この悪鬼祓(ばら)いの物語は、きわめて特異で昔から注解者を悩ませました。「ゲラサの豚」といえば、説教の材料にもならない福音書の屑のように思われました。教会の説教でもあまり語られないと思います。
一見つまらぬように思われる箇所にも聖書の核心となる真理が存在します。傍目(はため)には殺風景に見えるところにも聖書の根本真理が存在します(塚本虎二)。私たちはそこに秘められている厳かな真理を見つけなければなりません。
さて最初にまずこの箇所の内容を調べましょう。
5章の1節に、「こうして彼らは海の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた」(5:1口語訳)。「一行は、湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた」(新共同訳)。海は新共同訳のように湖とすべきです。湖とはガリラヤ湖のこと。「ゲラサ人の地」(マルコとルカ))とあります。マタイでは「ガダラ人の地」です。この奇跡があったのは10の町(デカポリス)の一つです。場所はどこであったかについてはいくつかの候補地がありますが、現在のエル・クルスィとされます。考古学調査の結果を関谷定夫著『聖書のあけぼの―考古学的アプローチ』(中川書店)に詳しく読むことができます(120-130頁)。わかりやすく優れた書物です。
当時は病気や神経症は悪霊がついたことが原因と考えられました。この時代精神を病み通常の社会生活ができない人は交わりを絶ち墓場に住みました。墓は横穴式なのでホームレスが住むことができました。日本では、ホームレスは橋の下などに住むことがあります。以前テレビで見ましたが、ベトナムやイラクに派遣されたアメリカの兵士は帰還しても平和な生活ができず、社会や家庭を離れて森の中で生活するものもいます。
古代の墓地は死者の霊を恐れたので町や村から遠いところにありました。ゲラサ人は異邦人(ユダヤ人ではない人々)で豚を飼っていました。聖書のこの男は誰のいうことも聞かず狂暴です。
イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し大声で叫びます。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」
イエスが彼の名前を尋ねると「名はレギオン。大勢だから」と答えました。レギオンは通常5千~6千人からなる古代ローマの歩兵軍団のことです。男は「俺にはそれほど多くの悪霊が棲みついているのだ」と言おうとしました。これが男の心の状態でした。
イエスはこの男に上から目線ではなく、最も優れた精神科医のように対応されたのです(『イエスとロゴセラピー』163-177頁。人間の尊厳性の回復―悪霊につかれたゲラサの男―)。*
「この話はわたしの在りし日を如実に描いている。私はこのゲラサの男以上にイエスを憎み突撃を試みた。一日わたしはイエスに遭いわたしの中からレギオンが出て正気となった。私にはこの話こそ無くてはならぬものである」これは優れた聖書学者・伝道者であった塚本虎二のことばです。
*ロバートC.レスリー著 萬代慎逸訳『イエスとロゴセラピー』―実存分析入門―ルガール社、1978年。原題JESUS and LOGOTHERAPY by ROBERT C.LESLIE, Abington Press, 1965.