【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2025年3月9日説教要旨
聖書箇所 ルカによる福音書19章28~38節
主がお入り用なのです
原田 寛
ゼカリヤ書9章9節に「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者 高ぶることなく、ロバに乗ってくる。雌ロバの子であるロバに乗って。」と言われています。主イエスは、預言通りに救いの業を成し遂げるためにロバに乗ってエルサレムに乗って入城されました。
「あなたの王は」と伝えられているのですが、戦いに勝利して入城する王は、通常「馬」に乗って凱旋することになっています。その際には、共に戦った兵士を従え、戦利品と捕虜を同行させるものです。町の人々は、王の凱旋を喜び溢れて受け入れます。イエスの場合は、勝利の凱旋ではなく、伝えられた福音と数々の奇跡からメシアとしての人々の期待を受けての入城でした。人々の期待は、ローマ帝国の支配からの脱却とダビデ王朝の再興とユダヤ人国家の設立だったでしょう。
しかし、主イエスの歩まなければならなかった道は、人々の期待という敷かれたレールではなく十字架への道でした。「ホサナ」と歓喜の声で迎えた人々は、後に、「十字架につけろ」という怒号に変えられてしまいます。主イエスの道は、そのような人々の描いた道とは異なって、死と復活を通り、神の国へと続いていました。わたしたちの信じる「救いの道」です。
人々が求めていたのは、「この世の王」です。馬に乗り、勝利と力と権威を象徴する王です。しかし、主イエスは、ロバに乗り、柔和で、高ぶることなく神に従い、神と共に歩む方です。福音書は、このことを違和感なく伝えます。人々が主イエスの入城を「祝福あるように。天には平和、いと高き所には栄光」と。
人々は、乗り物に注目していなかった。しかし、神は「子ロバ」に御旨を表しておられたというのは、言いすぎでしょうか。神は、主イエスを通して救いの道をお示しになる際、「子ロバ」を必要としたのです。子ロバの管理者と打ち合わせがあったように、「主がお入用なのです」との言葉が伝えられ、未使用の子ロバが主イエスのエルサレム入城に用いられました。
用いられた子ロバのことを教会の奉仕の場に立たせられた人たちに例えられてきました。『主はあなたを必要としています』と。「子ロバ」は親のロバと違い、あらゆる点で「未熟」な者であると考えられます。しかし、主イエスは、「子ロバ」を必要とするのです。その後の子ロバは、ロバとしての役割を果たすようになります。しかし、主イエスを乗せた「子ロバ」は、新約聖書を通じて2000年以上にわたって主イエスに協働したことが伝えられるのです。
私たちも奉仕するというのは、主イエスの業に「協働」することです。協働する内容について、理解しておくことが大切なのですが、子ロバは理解することなどありえなかったでしょう。神の救いの業は、私たちの理解を越えたところで成就していきました。私たちは、私たちの理解を越えた神の業のために主に「協働」していることを覚えておきましょう。
