【説教音声ファイル】
※ショートメッセージは24分20秒頃から始まります
2020年12月24日イブ礼拝・ショートメッセージ
聖書箇所 第2コリント 8章9節
最も貧しい人のために
瀬戸 毅義
聖書にこう書かれています。
『あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。即ち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。』(第2コリント8:9)
今から50年以上にもなるでしょうか。西南で長くヘブライ語と旧約聖書を教えた関谷定夫教授が次のように話してくださいました。関谷先生がイスラエルに研究に行っておられた時のことです。クリスマスの頃でした。諸外国の学者と一緒にベツレヘムでクリスマスの礼拝をしました。驚いたのは銃を持ったイスラエルの兵士が終始周りを警護していたことでした。驚きました。平和の主といわれるキリストの誕生をお祝いする時にも銃を持った兵士が守っていたのです。それが現実の世界でした。イスラエルを中心とする中近東の地域は、キリスト誕生の2000年前も現在も、いつも変わらず戦争と争いの絶えない地域であります。
「このようなイスラエル(イエスの頃はユダヤといいました。)にキリストが誕生されたのは、実にこのような地域であったからだ。」キリスト誕生の場所には深い理由があるのだ。関谷先生はそのように話されました。
当時は羅馬(ローマ)帝国が地中海世界一帯を支配していました。強大な軍隊に守られたローマの皇帝は私たちの想像を超えた贅沢な暮らしをしていました。
それにしてもイエス・キリストのお誕生は何と私たちの常識から離れたものでしょうか。世界の救い主ともあろう方が生まれたのは家畜小屋の飼い葉おけの中でした。けれどもその赤ちゃんのお目めは清らかに澄んでいました。祝いに来た羊飼いたちも自然と頭をたれたでしょう。もの言わぬ牛や羊も一緒に静かに礼拝をしているようでした。
ある若い人々の会合で一人の若者がいいました。『僕は小さな零細企業に使われています。労働組合もありません。つくづく身の不幸を嘆いています』
会合の終りに体の不自由な女性がいいました。まだ若い女性です。『わたしには親も兄弟もありません。わたしの病はもう治りません。今は障がい者の小さな施設に入っています。
わたしはキリストを信じてクリスチャンとなりました。不幸ではありません。私の心は喜びで一杯です。』といいました。
イエス・キリストの救いは、最も貧しい人、最も恵まれない人のためです。キリストは貧しい家畜小屋の飼い葉おけの中に産まれました。それは私たちを罪から救ってくださり、天国にまで導いてくださるためでした。
クリスマスはイエス・キリストの誕生をお祝いする日です。飲み明かしたり、どんちゃん騒ぎをする日ではありません。クリスマス・ツリーがなくともかまいません。ケーキを食べなくてもかまいません。
一番貧しい人のためにおいでくださったすべての人の救い主。イエス・キリスト様をお祝いする日です。私たちはこの視点を忘れてはいけません。イエス・キリストといいますが、このキリストは救い主―救世主・メシアーという意味です。どうぞこのキリストを皆様の心にお迎えなさってください。これがクリスマスの本当の意味です。
「主イエスを信じなさい。そうしたらあなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16:31)と聖書に書かれています。