【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2026年1月11日説教要旨
聖書箇所 ローマの信徒への手紙8章18~25節
“霊”の初穂
原田 寛
“霊”が主イエス・キリストを信じる人たちに示していることは、神の救いと導きを忍耐して待つことがです。そして、今の時の苦しみは、待望している神の約束に比べると取るに足りないということ示しています。
“霊”は、神の霊のこと。その霊は、人間に望んでいます。私たちに罪からの救い、永遠の命の約束を示されました。御言葉にあるとおり、贖われることを望むように導かれています。贖われるということは、第一コリント15章35節以下に記されています。「・・・蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。自然の命の体が蒔かれて、霊の体に復活するのです。自然の体があるのですから、霊の体があるわけのです。・・・」と。
“霊”の初穂は、初めて贖われたものということです。つまり、イエス・キリストです。イエス・キリストによって開かれた救いの道によって、私たち信じる者も。神の子とされること、贖われることに希望をもっているのです。
ローマ書が記されたAD58年ころは、ネロがローマ皇帝の座に座っていました。ネロは、ローマの大火の原因を教会に押し付けましたし、ペトロやパウロもネロの時代に殉教したのでした。パクス・ロマーナ(ローマによる平和)と言われた時代は、2世紀後半までつづきます。しかし、キリスト者と教会は、この強い逆風の中にあっても、“霊“の初穂を示されて、希望をもって歩むのです。
![]()






