ガリラヤ湖畔「タブハ」にある、「五つのパンと二匹の魚の奇跡の教会」ヨハネによる福音書 6. 8-13
2017年11月19日 聖書箇所 ヨナ書1:1~9,4:10~11
「神の広い愛」
瀬戸毅義
ヨナ書は12小預言書に分類されていますが、預言者の預言を集めた預言書ではありません。ヤラベアム時代の預言者としてその名を知られていたアミッタイの子ヨナ(列王記下14:25)の名を借りて作られた預言者物語なのです。比喩的に解釈すべき書です。そのわけは3つあります。
①アッスリアの王を指すのに「ニネベの王」と簡単に記している(3:6)。本書が歴史的にニネベの盛んな時に執筆されたものならこのような漠然とした書き方はしない。ヨナが3日3晩大魚の腹の中にいたことは可能か。アッスリア大帝国の帝都ニネベ-その住民12万人、王と大臣、牛や羊にいたるまでもが-パレスチナの一弱小国から来た無名の一預言者ヨナのわずか数日の警告で悔い改めることはあり得ないだろう。
②本書では、ニネベは過去の町と記している(3:3)。「ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。」
So Yonah set out and went to Ninveh, as ADONAI had said. Now Ninveh was such a large city that it took three days just to cross it. Jonah 3:3 CJB
ニネベはB.C.606年に滅ぼされ、以後再建されていない。著者が北王国イスラエルの王ヤラベアム2世(B.C.783-743?)時代の預言者として名を知られていたアミッタイの子ヨナ(列王記下14:25)なら、このような書き方はない。ゆえに著者はB.C.606年以降の人となります。③「天の神」多くは捕囚後の文学に用いられている言葉(エズラ1:2他7回、ネヘミヤ1:4他3回、ダニエル2:18他3回)である。捕囚前ではただ一回(創世24:3,7)だけ使用。ゆえに著者はB.C.300年位の人だと推測されます。
ヨナ書が教えること
民族でも個人でも使命に背いて幸福はきません。神に忠実であるところに幸せがあります。また神は一度その使命を授けた僕を容易に捨てません。その人が逃れようとも、神は先んじ種々の方法を備えて、終にはその人をしてその使命を全うさせてくださるのです。神を信じる者は神の御手の中に在るのです。
自分の国、自分の教会、自分の信条、自分の団体のみが正しく神が喜ばれるとし、これと異なるものを排斥してはならない。「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を、わたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている」(イザヤ55:8-9)。本書について内村鑑三は次のように述べている。
「ヨナ書は、旧約聖書中の新約書である。読むこといよいよ深ければ真理の念がいよいよ清くわいて出るのである」