【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2018年11月18日説教要旨
聖書箇所 ヨハネによる福音書 4章25節~26節
イエス様にありのままを
瀬戸 毅義
本日のテキストに登場する女性は私たちが考える以上に過酷な生活環境と差別の中で生きねばならなかった女性であります。なぜそうなのかを知るために、当時の状況を少し知らなければなりません。この頃のパレスチナは北のガリラヤ、南のユダヤ、その中間にサマリヤがありました。サマリヤ地方はもと北王国イスラエルの地でありました。B.C.722年アッシリヤがサマリヤを滅ぼしました。イエス時代サマリヤの地はいわば敵地でしたので、ユダヤ人はそこを通るのを避けました。両民族間の不和はイスラエル王国滅亡以来のものでした(王下17:23-41)。両者の不和は捕囚以後、神殿の建設をめぐりもっと激化しました(エズ4:1-3)。
ユダヤからサマリヤヘは3日の距離でしたが、2倍の6日を使ってもユダヤ人は回り道をしました。彼等はサマリヤ人の作った種入れぬパンを食べませんでした。また、サマリヤ人が殺した動物は食べませんでした。サマリヤはタブーの地でした。彼女はそのサマリヤ地方の女性です。
さらに絶望的なことに、この女性は身持ちが悪いというラペルを貼られていました。彼女は5人の男性と関係した女性だ。それが人々のうわさでした。彼女は当時の社会的階層からいえば、最下のサマリヤ人です。
彼女は同じサマリヤ人の中でも孤立していました。仲間外れでした。それが昼の12時―パレスチナの地では暑く、労働には一番不適切な時間です一に彼女が一人で水を汲みにあらわれた理由です。賢明なラピや律法学者、パリサイ人ならば、そのような女性と話すどころか、急いでそこを立ち去ったことでしょう。以上がこの女性の置かれたありのままの状況です。さて、イエスは回り道をしないでサマリヤを通過されます。旅の疲れを覚えて井戸の傍らに休まれます。イエスはスーパーマンではありません。疲れがどんなことかよく知っておられました。神の御子でしたが、様々の苦しみによって従順を学ばれました(ヘブル5:8)。汗を流して働くことをよくご存じでした。私たちはこれらのことから大きな慰めを受けるのです。
イエスはここで当時の常識とは正反対に行動されます。
①ご自分はユダヤ人ですが、敵とされていたサマリヤの地を通るだけでなく、そこに2日も滞在しました(4:40)。
②女性、それもサマリヤの女性に話しかけます。本日のテキストのたった数語によって彼は厚いタブーの壁を永久に打ち壊しました。日本語で「水を飲ませて下さい」は9文字です。英語でGive me a drinkたった4つの単語です。原典のギリシヤ語ではたったの3語です(Δός μοι πεῖν)。このたったの3語は、差別の壁を破壊した歴史的な素晴らしい3語となりました。
イエスはこのサマリヤ人の女と語りあわれたことにより、民族的・性的・道徳的差別観念を一挙に清掃なさいました。卑しめられ踏みつけられた人の友となりました。これにより女性と異邦人と罪びとはその社会的束縛から解放されました。どなたもありのままをイエス様におささげなさってください。直接に自由に神の子にお会いできます。イエスほど異邦人と女性の社会的地位を高め、福音をもたらしたお方はありません。
(Biblical Ilustrater,Winter1988及びThe Upside-Down Kingdom by Donald Kraybill 1978を参考)