村川照男
私は昭和30年5月31日、長崎県壱岐市に生まれました。勝本漁協に所属し30年ぐらい漁師として働いていました。
今から約20年前、いろんな問題が山積みになり板挟みになり困り果てました。何もかも嫌になり、誰も何も信じられなくなりました。もう思い出したくもありません。
海を捨て、友を捨て、家族も捨てて福岡へ出てきました。右も左も分からない中で、まず考えたのは食べる事でした。「ホームレスの人はどのようにして食べているのだろう?」と思いました。途方に暮れていた時、一人のホームレスの人が「ホームレスだろう?」と声をかけてきました。「はい、そうです。」と言うとその人に「ついておいで!」と言われて、それからその人がいろんなことを教えてくれました。日雇いの仕事をしたり炊き出しに行ったりしながら野宿生活をつづけました。その中で「美野島めぐみの家の炊き出し」にもお世話になるようになりました。自由と開放感がたまらなく嬉しかったです。ホームレスの人達を見ていると、人間は誰もが裸で生まれて来たのだと実感します。そのような中で、ちゃんと部屋に入って生活するという普通の生活を忘れかけていました。
ある時、ホームレスの人を対象とした一日健康診断の結果、脳梗塞を発症していることが分かり、入院することになりました。退院後、生活保護を受けて部屋に入りました。しかし、その後も脳梗塞がひどくなり、一時はしゃべることもままならず記憶も続かないようになり、もう一度入院して治療を受けました。おかげ様で今はほとんど普通に話せるようになりました。
五年位前から「美野島めぐみの家」のボランティアをしていた井上三千生さんに誘われて自分もボランティアの一員になりました。間もなく、梅木幸子さんが、炊き出し活動が終わった後実施されている聖書の勉強会にも出席するようになりました。美野島の教会での炊き出し活動に参加しておられるボランティアの方々は皆さん思いやりや優しさがあって、活動も本当にやりがいがあります。いろいろ苦しみや悩みがありますが、めぐみの家の活動を通して、やすらぎを神様が与えて下さいます。今の自分がいるのは「美野島めぐみの家」のおかげだと思います。筑紫野南キリスト教会に足を踏み入れたのも、神様が用意された人々とのいい出会いがあったからです。最近、悲しみを伴う一つの出来事があったのですが、祈りの中で神さまがその問題を解決してくださいました。
今年の初め、久しぶりに京都に住んでいる姉と連絡が取れ、姉もバプテスマを受けてクリスチャンになっていることを知りました。姉にも強く勧められて、自分もバプテスマを受けることを考えるようになりました。
私は天地万物を創られた神様を信じます。神のみ子イエス・キリストが十字架にかかって死んで、私のすべての罪をあがなって下さった事を、葬られた後、復活されたことを信じます。バプテスマを受けて教会の家族の一員になりたいと思います。まだ自信はないけれども、主イエス・キリストに従って前向きに生きていきたいと思っています。よろしくお願いします。
2024年 9月15日