【音声ファイル】
原田和代
20数年前のことです。それまで10年間くらい私はあちこちの教会で証しと讃美のチャペルコンサートの活動をさせていただいていました。子どもが1歳~2歳の間はコンサート活動は休止していましたが、その間にも、次の年の予約が入って、いつも次の予定がありました。ところが、末っ子が1歳だった頃、予約の電話は1本も入らず、それどころか2歳になって保育園に行くようになっても、コンサートの依頼はありませんでした。「もうう私は賛美者として必要とされていないのかしら」と淋しくなり落ち込んでしまいました。でも、そんな思いを誰にも言えず、夫にも言えずに一人で毎日必死に「どうぞ用いて下さい」と神様に祈り訴えました。そうしているうちに「私は神様を賛美する、主の救いを伝える、と言いつつ、本当は自分が歌いたくて歌っているだけなのではないか」と思うようになり、「用いて下さい」などと祈ることは罪なのでは?と思うと祈れなくなり、うーーーっ とうめくように毎日祈っていました。
祈る中で、これまでコンサートで賛美してきた曲をCDに収録したいという願いがおこされました。ある日、大学の時の先輩から、先輩の証しが掲載されている雑誌が送られてきました。証しももちろん素敵でしたが、私はその雑誌の中の祈りのことばに出会いました。
「わたしはあなたの手の中の粘土です。わたしを新しく形造って
あなたの御旨のままに用いて下さい。」
「これなら祈れる!」とトンネルを抜けたような気持ちになり、毎日祈っていましたら、わりとすぐにコンサートの依頼の電話がかかってきました。「主はこんな土の器にすぎない私でさえ新しく形造って用いてくださる!」と感謝して、この思いを歌にしたい、そして作りたいと願っているCDに収録したいと願うようになりました。でも、自分では作れないので、どなたかにこの思いを伝えて造っていただこうと祈っているうちに、私の好きな讃美歌「Here we stand」や「向こう岸へ渡ろう」を作られた吉高叶先生にお願いしたいと思うようになりました。お手紙はあっという間に書いたのですが、「そんなに先生と親しいわけではないし、お忙しいだろうにこんなお願いの手紙を出してもいいのかしらーー」と思って祈りつつ10日間待ちました。10日たっても気持ちが変わらなかったので、えいっ!とポストに入れました。そしたら、次の日の夜に吉高先生から「今 FAXで曲を送りましたので歌ってみて下さい」と電話がありびっくり! 「今日手紙が届いたはずなのにもう曲ができたの?」と驚きと喜びで胸がいっぱい、そして送られてきた曲を見て、又胸がいっぱい。本当に素敵な讃美歌が出来ていました。
その後、電話やFAXでやりとりをして手直しを重ね、最後の仕上げの日、そのころ私は水戸教会にいたのですが、先生が千葉から水戸まで来て下さって、教会の礼拝堂で先生の伴奏で歌って仕上げました。その時、先生が「実は私もずっと以前から土の器をテーマにした歌を作りたいと願っていました。原田さんが ポンと背中を押して下さったので作れました」と言われました。聖書に書いてあるように、「願いを起こさせ 実現に至らせて下さるのは神」様なんだなあと心から嬉しく感謝しました。その時出来た曲、「土くれの歌は」をお届けします。