瀬戸紀子
2001年2月、私は初めて司牧センターに衣類を持って行きました。
その数年前から、夫が仕事に行く途中、天神にたくさんのホームレスが座っていました。
そこで毎日ではありませんが、お弁当を作った残りのご飯をおにぎりにしてほしいといわれ、作って持って行きました。また洋服も持って行きました。夫はその中の一人Kさんと話しをしたり、公園で一緒にご飯を食べたりしていました。その後Kさんが胃がんに罹り、「治ったら瀬戸さんの近くに家を借りて住みたい」と言っていましたが、残念ながら亡くなってしまいました。病院の対応はホームレスの人には冷たく、スリッパもなく、裸足でした。愕然としてスリッパを貸してくれるように頼み、貸してもらいました。
そのKさんのお骨は「おにぎりの会」から夫に持っていてほしいといわれ、1年近く、身内の人が引き取るまで、我が家に置いていました。
またクリスマスの夜には夫と二人で天神の界隈におにぎりを持って行ったりしました。
そうしているうちに、近所の人達に「ホームレスのために洋服を下さい」といっていたのがどんどん溜まって、持って行かざるをえなくなりましたので、私が司牧センターに電話をかけ、持って行きました。その時、壁に「毎週火曜日に古着バンクがあります」と書いた張り紙がありましたので、「ボランティアとして来てよいですか?」と聞きました。「どうぞ来てください」といわれましたので、友人の穴井さん(もう天に召されましたが、有田教会の穴井牧師夫人)を誘いました。彼女も「是非行きたい」というので、司牧センターに行きました。それが初めて「古着バンク」でそのあと「衣類バンク」になり、2007年にマルセル神父から、「司牧センターの中ではみな独立しています。あなたたちも一人立ちしなさいといわれ、「美野島めぐみの家」として独立していくことになりました。
昨年11月に発行した「美野島めぐみの家」の冊子には最初に行った頃の事を書いてありますので、お読みください。
最初に戻りますが、2001年はその年度の女性連合の主題は「主にあって世に仕える」という主題でしたので、わたしも何かしなければいけないと思っていました。その数年は穴井さんと車で九州や山口辺りの温泉に行って楽しんだりしましたので、何かわたしにも出来る奉仕はないかと思っていたところでした。
私にとってホームレス支援に出会ったのは、神様から私に与えられた、大切な使命だと思っています。昨年12月に15年間、支援してきたホームレスから居宅して、やっと老人ホームに入居したUさんが亡くなりました。これで私の奉仕は一区切り出来ました。
たくさんのホームレスの方々と一緒に泣いたり、笑ったりできたことは私の人生の中で最も素晴らしいことでした。この奉仕に出会わせてくださった神様に心から感謝いたします。
2026年1月18日
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