【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2024年1月14日説教要旨
聖書箇所 イザヤ書43章1~7節
私はあなたと共にいる
踊 一郎
「初めと終わり」
■神は歴史の初めから終わりまで支配される方です。旧約聖書イザヤ書46:6には「わたしは初めであり、終わりである」とあり、新約聖書ヨハネの黙示録22:13にも「わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである」とあります。神学者W.リュティは「それゆえに、私たちは恐れる必要はない。私たちの背後にある365日という柱の全体は、彼を基礎としている。彼はこの巨大な建物を支えている土台である」と言います。新たなこの一年も神の支えなしに過ぎ去ることはないのです。私たちは神の歴史の一部分を生きる者、ですから徹底的に神の前に謙遜でありたいと思います。
■神は私たちと共にいてくださる方です。クリスマスに確認したのは「インマヌエル」「神は我々と共におられる」(マタイ1:23)ということでした。この約束はイザヤ7:14に由来します。またイザヤ43:2,43:5にも「水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる」「恐れるな。わたしはあなたと共にいる」と記されています。ある牧師はこの「ともに」という言葉を「体温が伝わるほど近くに」と説明しました。私たちが悲しみの中にある時、神は傍らに呼び寄せて慰め、凍える心を温めてくださるのです。
■神は新しい年も祝福を約束してくださる方です。世界各地で続く戦争には今なお終わりが見えず、また新たに年明け早々続けざまに大きな出来事が起こっています。大地震、飛行機事故、火災など。今こそ私たちは神に信頼すべきではないでしょうか。俳人高浜虚子は1950(昭和25)年12月、新春ラジオ放送用に次の句を作りました。「去年今年貫く棒のごときもの」。私たちにとって「貫く棒」は神の愛以外にはありません。神がどのような時も愛してくださり、守り祝福しようとしておられることを堅く信じましょう。「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」(エレミヤ29:11)。神の約束をしっかり握りしめ、祈りつつ、励まし合って2024年を歩みたいと思います。
■主が筑紫野南教会と皆様のご家庭を豊かに祝してくださるようお祈りいたします。