【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2025年12月7日説教要旨
聖書箇所 マタイによる福音書1章18~25節
神、我らと共にいます①
原田 寛
マリアとヨセフに与えられた試練を共に考えましょう。
ふたりは婚約していました。ふたりは、お見合いだったのでしょうか。恋愛期間があったのでしょうか。伝えられてはいません。「いのちのことば社」という出版社が刊行している「いのちのことば」という月刊誌がありますが、その中で、新約聖書時代の婚姻において、男性は生活力が付く18歳ころに、そして、女性は生理がはじまった12歳ころであったと伝えています。そして、婚約においては女性側の家と男性側の家とで契約書のようなものをかわして、結婚の準備にはいります。そして、1年ほどの準備期間を経て、結婚式を行うのだそうです。私たちは、ヨセフとマリアをこの一般論にあてはめることで、マリアとヨセフのことを、私たちのリアリティに近づけることにならないでしょうか。私は、それがマリアとヨセフが信じた信仰を深めていくことになると考えています。
後に「ダビデの子ヨセフ」と新約聖書上で記されることになるヨセフは、婚約中のマリアが懐妊したことが伝えられます。ユダヤ教の律法上では、二人の子でなかったのであれば、婚約は破談になります。そして、それだけだはすみません。いわゆるマリアが犯したのが姦通罪の場合、マリアは死ななければなりませんでした。マタイ福音書は、「ヨセフは正しい人であったので」と記します。そして「マリアのことを表ざたにするのを望まず」ということですから、契約書が交わされた婚約であれば、契約そのものをなかったことにするということを指していたのかもしれません。
マリアは、ルカ福音書によれば、天使ガブリエルから直接、神の啓示を受けて受け入れ、「わたしは主のはしためです。お言葉通りにこの身になりますように」と述べて受け入れることができました。ヨセフの場合は、マリアの妊娠が明らかになってからということでした。ヨセフには、こころに大きなショックがあったでしょう。そして、ヨセフは、将来のことを約束した女性の身に起こっていることをどうするか、その鍵を握らされて、心に染みて、そして、苦しんでいるのです。御子イエスの誕生は、真の神の計画です。ヨセフは、そのことを自分自身のこととして苦しんでいるのです。
神は、そのようなヨセフに対して、彼の夢の中に天使を遣わして「ダビデの子ヨセフよ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのです。・・・」と。ヨセフは、天使に告げられたとおりに受け入れるのです。だれも経験したことはない。そして、今後だれも経験するようなことはない。唯一無二な事柄が、マリアと自分の歩みに起こるのです。そして、それは、すべての人の救いの事柄に直結するのです。
「神、我らと共にいます」・・・人は、自分の力や経験だけではどうすることもできないような事に遭遇することがあります。しかし、神は、共におられるのです。神は、信じる人たちと共に歩んで、神の御心がおこなわれることを教えてくださるのです。
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