大野惠正
エノシュの列に並ぼう
今日は、招きの言葉として、詩篇85篇9ー14節をいただきます。次の聖句です。
「わたしは神が宣言されるのを聴きます。主は平和を宣言されます。
ご自分の民に、主の慈しみに生きる人々に、
彼らが愚かな振る舞いに戻らないように、と。
主を畏れる人に救いは近く、
栄光は私たちの地に留まるでしょう。
慈しみと真は出会い、正義と平和が口づけし、
真は地から萌え出で、正義は天から注がれます。
主は必ず良いものをお与えになり、われらの地は実りをもたらします。
正義は御前を行き、主の進まれる道を備えます。」
今日の聖書テキストは、カインの子供たちからレメクが生まれます、と記します。彼は二人の妻を娶ります。ここにすでに神さまが作ってくださった秩序が破られています。レメクは妻たちにこう歌います。
「アダとツィラよ、わが声を聴け。 レメクの妻たちよ、わが言葉に耳を傾けよ。
わたしは傷の報いに人を殺し、 打ち傷の報いに若者を殺す。
カインのための復讐が七倍なら、 レメクのための復讐は七十七倍」。
この詩は聖書でも、最も古い時代の歌だと言われています。
きちんとしたヘブライ語の並行法という詩の形を踏んだ、歌です。強烈な詩です。
内容は自分の力を誇らかに誇示し、自分を攻撃してくる者がいたら、徹底して打ちのめしてやるという、強烈な報復の歌です。しかもカインへの神さまの守りを逆手にとって。
古代の昔から、このようにして、のしあがった人がいたのです。彼らは豪族となりその長となり、人を束ねて戦を仕掛け、武力と報復の思いにまかせて自分の領土を拡張し、国家指導者となりました。その末裔に今の政治指導者を見る思いがします。プーチン、トランプ、習近平、金正恩その他の名が浮かびます。彼らの声にレメクの歌が響いています。
これに対し今日の招きの詩は、レメクの歌とは、まるで違う響きに満ちています。
中間に「主を畏れる人に救いは近く、栄光は私たちの地に留まる」とあります。
アダムのもう一人の子孫エノシュは主の名を呼んだのです。この弱そうに見える人間こそが、主を敬い畏れる歩みをした故に、救いを得て、彼が身を置いた地で、栄光を戴いたのです。聖書の民はこのエノシュの子孫です。私たちはレメクの子孫の列ではなく、エノシュの子孫の列に並びましょう。そうすれば正義と平和が口づけする生活を戴くことが出来ます。 私たちはレメクの子孫の列ではなく、エノシュの子孫の列に並びましょう。そうすることによって、良いものを戴き、生活に実りを戴けるのです。私たちはレメクの子孫の列ではなく、エノシュの子孫の列に並びましょう。そうすれば主の慈しみに生き、愚かな振る舞いに陥ることはないでしょう。
弱い時にこそ強い。パウロはそう申しました。主の御前にある弱さこそ、最高の強さなのです。エノシュであること、パウロであること、その道を歩ませて戴きましょう。