バプテスマのヨハネはこの世の救い主イエス・キリストの到来の準備をする為に神から遣わされた預言者だった。ヨハネの使命は、人々の罪を悔い改めさせ、イエス様をお迎えする心の準備をさせることと、救い主であるイエスを指し示すことだった。ヨハネが「悔い改めよ、神の裁きは近いぞ」と悔い改めのバプテスマを宣べ伝えたので、人々がぞくぞくと彼のもとへ出かけ、自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。それで、バプテスマのヨハネと呼ばれた。バプテスマとは水の中に全身を沈める洗礼の一種である。
当時、ヨハネの人気は絶大で、民衆は救い主を待ち望んでいたので、彼こそその人ではないかと思ったが、ヨハネは自分より力ある方が後からおいでになり、自分はその方の靴の紐を解く値打もない、その方は水ではなく聖霊と火とによってバプテスマを授けられると、イエス・キリストの到来を預言した。実際にイエスはヨハネの元にやってきて、逆ですというヨハネから強いてバプテスマを受けられ、その公の活動を開始された。
ヨハネは徹底的に謙遜で、神の使命に生きた人だった。イエスの到来に嫉妬心をもやす弟子たちを諌め、自分は救い主の前触れに過ぎないと自分の弟子たちがイエスの弟子になることも厭わなかった。
今日の聖書の箇所で、律法を犯して兄弟の妻を娶ったガリラヤ領主ヘロデに意見したため囚われていたヨハネが獄中からイエスのもとに自分の弟子を遣わし、あなたこそ預言されている救い主なのか?と確認している。イエスこそその人だと十分に分かっていたはずのヨハネでさえ、獄中で長いこと囚われているうちに確信が揺らいだようだ。イエスはイザヤ書で預言されていた救い主の業が始まっていることを伝えられた。
イエスから預言者以上の者だと絶賛されたにもかかわらず、ヨハネはこの後まもなく首をはねられ殺されてしまう。ただ、主にのみ仕え、自分の使命をまっとうした生涯だった、
イエスも又、何一つ罪を犯されなかったのに、十字架上で死ぬことで人類の罪の罰を身代わりとなって受け、神から人が赦される道を開いて下さった。その使命の為にこの世に来られ、まっとうされた。自分のひとり子を与えられるとは、なんという神の愛であろうか。
人にはそれぞれ神様から与えられた使命がある。つぶやかず、感謝して自分の使命をまっとうしていきたい。
2014年7月13日 梅木幸子説教要約