あれは9月3日のことだった。三人の人が家を訪れて来た。聞き慣れない声だったので、僕は急いで捕まりにくい洗濯機の奥に隠れた。こんな時弟は能天気だから、誰が来ても平気で訪問者に愛嬌をふりまいていた。牧師さん夫婦と訪問者の会話を聞いていると、どうも僕らのことで話し合っているようだ。僕らのことをあっちが良いとかこっちがかわいいとか言っているようだ。どうも僕と弟のどちらかが新しい飼い主さんのところに引き取られるようになるようだ。少しして牧師さんの手が伸びて来て僕は隠れていた所から引っ張りだされ、訪問者に渡され、だっこされた。弟はちゃっかり訪問者の一人の膝の上でくつろいでいる。
僕は品定めされていてとても不愉快だったけれど、牧師さんが僕のことを盛んに褒めてくれていて嬉しかった。「警戒心が強かったり、飼い主にもあまり慣れ慣れしくしない面もあるが、凛とした品格ある姿は本来の猫らしくて良い」といったことを説明していた。新しい飼い主さんは、どっちにしようかと大分逡巡していたが、膝の上から離れない弟に愛着が湧いたらしく弟が指名された。牧師さんは弟と別れるのが辛いのか、弟と頬寄せしっかりと抱きしめてから新しい飼い主さんにそっと渡した。そして、毎食のキャットフードと缶詰と匂いのついたトイレの砂を袋に詰めて渡していた。
数日後、弟の名前が「トラタ(虎太)」と命名されたことを風の便りに聞いた。最初に貰われた「ゴロウ」も日本男児らしい名前なので、僕も日本的で正式な名前をはやく付けてほしいな。
とうとう長男の僕だけになってしまった。暫くは淋しかったけれど、牧師さん夫婦が優しくしてくれるので今の生活に満足している。いろいろ気を使ってくれて毎朝8時45分からのテレビ番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」が始まると、「ほら始まるよ」と言ってテレビの前に連れていってくれるので楽しいよ。でも画面の仲間を触ろうとしても実感が無いし、特に匂いが感じられないので何か可笑しな感じだよ。でもあの番組好きだな。
僕は大抵牧師さんの横で寝るようにしている。牧師さんは夜は早く寝て、朝4時から5時の間に起きるので僕もそれに合わせて行動するようにしている。牧師さんは起きたらすぐに僕の朝食を用意してくれる。1歳以下が食べる表示の付いた缶詰で、しらす入りのかつおやまぐろでとても美味しいよ。牧師さんは僕が食事している間に洗面を済まし、お湯を沸かしてお茶を入れ、書斎でゆっくり飲みながら一日を始めるのが日課のようだ。
僕は未だ生れて二か月半しか経っていないけれど、順調に育っていて行動範囲も広くなったよ。それで牧師さんの奥さんから叱られることが多くなったんだ。僕がソファーから食卓に飛び移れるようになって、食卓上を探索していると、「ここは駄目よ!下りなさい!」と奥さんから頭をパチンとやられたんだ。そんな時、牧師さんは「また叱られた」とか言って優しい眼差しを僕に向けるんだ。僕は嬉しくてつい牧師さんの指を強く噛んでしまうことがあるけど、優しい声で「痛い」というだけで、やんちゃを許してくれる牧師さんといつまでも一緒にいたいと思っているよ。それでは次回また僕の成長ぶりを伝えるね。