【聖書箇所朗読】
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2026年6月14日説教要旨
聖書箇所 エフェソの信徒への手紙 5章1~2節
主に倣うものになりましょう
原田 寛
パウロは、エフェソの手紙を通して、主イエスの十字架の死の意味を伝える。
2章12-13節「約束の契約についてはよそ者・・・キリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなった。」14節以下「数々の規則からなる戒めの律法を無効とし、(神と人)との隔ての壁を取り壊した。」と。そして、救い主イエス・キリストを信じる者となった人々を引き付けて離さない。それは、神みずから信じるひとりひとりのためにこのことを成し遂げられたからだ。
一般的に、子どもは親の愛(στοργή)を受けて育つものだが、パウロは、「τεκνα αγαπητα神に愛されている子どものように」という。親子の関係においては、十字架は見えてこないが、親は子にもっているものをすべて与えようと考える。神は、神の愛を示すために、御子を遣わした。それは、神と同様であった方が人として生まれ人として死ぬ者となり、徹底的に人としての人生を歩まれた(参照;フィリピ2章6-8)。そして、最後はご自分を宥めの香の供え物(いけにえ)として神に献げたのだと。信じる者たちは、御子の働きによって神の国と永遠の命を受け継ぐ者となれたのだ。御子は、ご自分をこのようにご自身を変えてまでこれを実行してくださったという事だ。
エフェソの手紙が記されたのは、AD90年ころである。初代教会は、宣教の舞台が世界中に拡大していこうとしていたが、主イエスに仕えた12使徒が殉教するなどして、指導者の世代が代わり、ローマ帝国内ではユダヤ教の異端とされるなど、厳しさが増していたと考えられる。そのような中で『主に倣う者となれ』とは、厳しい時代の只中にあって、この神の愛に生きる者として愛する者となろうという呼びかけだ。それは、神に愛されている者を必要としている人がいるからだ。主に倣う者となりましょう。
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