野ゆり会 天本操
毎年一年契約で高校の英語講師を続けてきましたが、今年3月17日、2025年度の契約が終了しました。娘が幼い時には非常勤講師、成長して手がかからなくなると常勤講師、70代になると非常勤講師という形で,40数年間教壇に立ち続けてきました。振り返りますとこの40数年間私が働き続けられたのは、母が健康で、先祖伝来の田畑を耕し続けながら、家庭を守ってくれていたからです。独身時代からそして両親と同居してからも、私は何一つ不自由なく外で働き続けることができました。
しかし今年(2026年度)の講師応募用紙を教育委員会には提出しませんでした。母の介護をしなければならないと思ったからです。もう外に出て働くのは止めようと決心しました。「何事にも時があり天(てん)の下の出来事にはすべて定められた時がある。」(コヘレトの言葉3章1節)このみ言葉が私にそう決心させました。
母は昨年12月半ばに圧迫骨折を患い、一か月ほど病院で安静にして、その後自宅で療養。この間私が日夜介護をしていましたが肉体的にも身体的にも大変でした。それを気遣ってか、母が真夜中一人でトイレに行き転倒して大腿部を骨折しました。即入院、手術。3週間の治療を受けた後、別の病院に移りそこで療養とリハビリを受けてきました。そして7月11日から、介護老人養護施設に入所しています。
私は介護をする必要はなくなりましたが、私の生活は一変しました。今まで母がやってきたことを出来るだけ私もやってみようと思いました。まずは畑を荒らさないこと。つまり野菜作りを続けることです。伸び放題の畑の草取り、続いて肥料を施して土づくり、そして夏野菜の苗の植え付けなど、初心者の私は各野菜の育て方をインターネットで調べたり、病院に見舞いに行くたびに母の耳元で大きな声で尋ねたりして挑戦しています。 幸い、野菜たちは順調に育っていて、キュウリやミニトマトは近所におすそ分けできるほどになりました。畑に出ていると畑の側の道を自転車で通る若い外国人の技能実習生たち(多分ネパール人の若者たち)が明るい元気な声で挨拶をしてくれます。私の方から彼らに声をかけることもあります。今まで自分が経験してきた分野とは全く異なる分野に興味を持ち実際に体験していくのは、とても面白いし、楽しいものです。確かに重労働の面もありますが、しっかり体を動かし、滝のように汗をかいた後、シャワーを浴び、一休みしながら冷たい飲料水をごくごく飲むのは実に爽快感溢れるものです。
私は、肉体的にはすでに老人です。体の一部はいつも痛みを感じますし、これからは注意をしていても老人特有の心配事は出てくると思います。しかしこのみ言葉はそういう思いを吹きと飛ばしてくれます。
「わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。」コリントの信徒への手紙二4:16
「現実は厳しくても生きる意欲を失わない。自分を頼みとするのではなく、イエス様を復活させた神様に寄り頼む。私たちが日々新たにされるのは、聖霊によって神様の愛が私たちの内に注がれているからです。イエス様を主と信じる者の中にその神様の愛はとどまり、聖霊の働きによって、強くされ試練や訓練に耐えて苦難を乗り越えて前進することができる」と、み言葉は私に教えてくれます。「主われを愛す 主は強ければ われ弱くとも恐れはあらじ わが主イェス ~ ~ われを愛す」 神さまの愛が私たちのうちに注がれ私を強くしてくださる限り、どのような苦難があっても、キリストの霊が必ず永遠の栄光まで導き入れてくださることを信じ、元気に明るくこの世の歩みを続けていきたいと思います。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している。」新改訳 イザヤ書43:4
2026.7.19
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