2026年10月25日説教要旨
聖書箇所 ガラテヤの信徒への手紙一1章11~23節
パウロの証言
原田 寛
「証言」は、自分の経験や調査・研究などを基にした事実を伸べる事で、法廷でよく使用される用語だが、ここでは、パウロの記した事柄について、「証言」であると言わせていただき、その心には、神の救いの恵みに預かることができたことについての、感謝と喜び、そして、パウロ自身の事柄を表すことへの緊張感を覚えたい。
ガラテヤは、小アジアの中央部を指して言われた地域でケルト人の居住区であったと言われている。ケルト人は、ヨーロッパ中央部に位置する地域に居住していた人々だが、BC3世紀ころその一部がこの地域に移住し王国を築きBC25年にローマの属州となった。
パウロは、第2第3の伝道旅行に、ガラテヤ地方を巡って福音を説いたのだった。そして、ガラテヤの教会とパウロとの間は良好であったが、後、ユダヤ主義者たちが侵入し、パウロは、主の弟子ではなく割礼、安息日、食物規定などモーセの律法は尊重しなくていいと伝えているとして、パウロの権威を揺るがせていた。これは、エルサレム会議の決定に沿わない内容であり、パウロにとっては寝耳に水の話だった。パウロは、ユダヤ主義に陥ったガラテヤの信徒たちを手紙によって立ち返らせることにした。
今朝の箇所は、使徒パウロの召命の証であり、パウロは法廷で証言するように真実を示した。パウロは、かつてユダヤ教徒としてだれよりも熱心に活動した。その熱心さは、教会を迫害して滅ぼそうとする意識と行動を生み出した。しかし、神は、パウロを復活の主と出会わせただけでなく、福音を異邦人に告げ知らせる器として立てた。これは、神が引き起こしたパウロの人生の180度の転換だ。そして、迫害するパウロを恐れていたキリスト者たちは、この神の事柄を知り、パウロと共に神をほめたたえたということだ。
パウロの証言は続く。パウロは、この手紙で、キリスト者となってから3年後にぺトロと知り合い共に過ごしたということ、そして14年後、主だった使徒たちがパウロを異邦人への使徒として認めていたることを伝える。この時の流れの中で、イエス・キリストの十字架の死と復活の意義がパウロと教会の交わりを豊かに深めていると感じさせられる。
パウロは、自身の過去を振り返りながら、主の恵みと導きを覚えたに違いない。そして、この信仰の流れは、多くの人々を主の救いに導きながら、今もなお、続いている。
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