【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2026年7月5日説教要旨
聖書箇所 マタイによる福音書7章24~29節
御言葉を土台に
原田 寛
「雨がふり」「川があふれ」「風が吹いて」と自然の中の三つの事柄が示され、御言葉を土台にして歩むことの大切さを教えている。
「雨が降り」…パレスチナは、乾季と雨季とに分かれが、パレスチナの雨季(11月~3月)は、湿気を含む西風が吹き雨を運ぶ。秋の雨は、夏の間に干上がった土地を潤し、耕作をする環境を整えられる。そして、春の雨は、夏の作物を成長させ、穀物を実らせる「祝福の雨」と言われる。しかし、雨が降り続けば、太陽の光を隠し、作物の実りを遮ってしまうのだ。
「川が溢れる」…パレスチナの川には二種類ある。ひとつは、ヘブライ語で「ナーハール」という言葉で言われ、いつも水が流れているいわゆる「川」である。その「川」に対して「ナハル」という言葉で言い表されている「川」がある。それは、雨季にだけ濁水が溢れ、乾季には川床が干上がるようなもの。「ナハル」は「谷」とも訳される。パレスチナで「川が溢れる」と言うとき、この「ナハル」のことが考えられる。ナハルが雨季に水が満ち、谷の中にあったものを根こそぎ、持っていくのである。雨さえ降らなければ、平穏な谷であるが、ひとたび降ると、水が押し寄せて人命までも奪うことがあるのだった。
「風が吹く」…昔のイスラエルの人々は、神が風を作り、また風を支配しておられると考えていた。海から吹く風は湿気を含んでいるので、夜露となって畑を湿らせるし、そういう風が夏に吹きますと、夏の野菜の成長を助ける。また、夏の北風は、その冷気で夏の暑さを和らげてくれた。しかし、シロッコ風(50日間吹き続ける南東の風)は、砂漠の熱気と砂塵を持ち込み、農作物に深刻な被害を与えてしまう。また、ガリラヤ湖に時折吹く突風は、船の航行の妨げになった。この箇所で言っている「風」は、追い風で歩みに勢いをつけてくれる優しい風ではなく、養い育ててきたものを無に帰してしまうような、人の歩みに完全に立ちはだかる逆風のイメージが想定されている。
自然は、猛威を振るうことがあるが、農作物は再び育てることができる。人生には、何が起こるかわからない。人生の立て直しが迫られるようなこともあるものだ。主イエスは共におられる。主の御言葉は、事柄に向き合う自分自身に知恵と力を授けてくれる。
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