【聖書箇所朗読】
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2026年5月10日説教要旨
聖書箇所 申命記 5章16節
父と母を敬え
原田 寛
2026年の「母の日」 今朝は申命記の十戒から「父と母を敬え」を考えてみたい。
申命記は、イスラエルの出エジプトを導いたモーセの告別の言葉として示されてきている。タイトルの申命記というのは、「命令を申す」という意味で、モーセの言葉で十戒と神の律法について改めて示し、神との間にある契約を確認している。
申命記の特徴的な言葉として「主なる神を愛しなさい」と命じられていることがあげられる(6章5節)。そして、それは、約束の地で神と共に歩み、未来永劫、平和に永らえていくためであった。神を愛することは、主イエスの第一の戒めである(マタイ22章37節)。
このような律法の言葉を受けて歩んでいたはずのイスラエルは、申命記の契約通りの歩みを行っていなかった。ダビデ・ソロモンの時代からの他、様々な躓きや失敗を経験してきた。そして、南ユダ王国・アモンの子ヨシヤが8歳で王に即位する(列王記下23章)。母親の名をエディダと記されている。ヨシヤは、その治世18年に大祭司ヒルキヤが神殿で「申命記」を発見したと報告を受ける。そして、ヨシヤは、読まれた申命記を聴き「衣を裂いて」悔恨の情を表す、「我々の先祖がこの書の言葉に耳を傾けず、…すべてのことを行わなかったために、我々に向かって燃え上がった主の怒りは激しい…」と語った。そして、アッシリア、エジプト、新バビロニヤなどの列強の影響を受けながら、申命記を受けての改革を行うのである。
律法と十戒、その中にある「父と母を敬え」は、王国の中に、大切な事柄として示されたと考えられる。おそらく、ヨシヤは、両親を思いながら、改革に手を付けたのだ。それは、神に従いえなかった親世代を憐れみ「的外れ」を受け入れるという仕方で「神の御言葉」に従うのである。これが、ヨシヤが背負った十字架だ。この決断を人々は、忘れなかった。そして、国家の滅亡を受け止めバビロン捕囚時代を耐え、国家の復興を叶えていくのであった。
私たちは、たとえば、先代から「戦争は二度としてはならない」と教えられてきた。そして、戦争をしないという歴史を約80年間守ってきたのだった。戦争の世紀と呼ばれる時代を歩んできた先代の思いを受け継ぎ繋いでいくことは「父と母を敬え」の御言葉に通じて、真に重要なことである。
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