【聖書箇所朗読】
【説教音声ファイル】
2026年9月27日説教要旨
聖書箇所 ルカによる福音書10章38~42節
マルタとマリア
原田 寛
ベタニヤに住むマルタとマリアの姉妹の事柄から学びたい。
マルタは、イエスとの一行を懸命に接待しようとしている。マリアは、教えておられるイエスの傍らで、御言葉を聞き逃すまいと聞き入っている。マルタは、その忙しさのあまり、接待に協力しない妹について避難し、マリアの姿勢をイエスに訴えたのである。「わたしの姉妹は、わたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」と。イエスは、マルタと向き直って言われる「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なのはただ一つだけである。マリアは、良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」と。
イエスは、マルタに「必要なのはただ一つ、マリアは良い方を選んだ」と言われた。マリアは、イエスの御言葉を聞いた。そのマリアの行動をヨハネ福音書は、十字架に向かうイエスに対して、ナルドの香油をイエスに注ぐ事で支持を表し、この奉仕が四福音書にそれぞれに描かれている。ルカ福音書は、イエスが9章51節で「エルサレムに向かう決意を固めた」と伝え、このようなイエスの御言葉と行動に耳を傾け、同じ方向を向いていくことができたのでしょう。「御言葉に聞く」姿勢を教えられる。
「必要なのはただ一つ」、それは愛。そして、その愛に基づいた選びがあるのだ。善いサマリヤ人のたとえ話が記されている。この話を聞いているのは、律法の専門家だった。追いはぎに襲われた人の側を、真の神に仕える祭司もレビ人も見て見ぬふりをして通り過ぎていく。律法の専門家は、祭司とレビ人の立場を知っている。死んでいる人に触れた場合、汚れてしまいそれぞれの働きに支障をきたすのだ。律法を護るという大きな壁を越えて愛を表しても良いのだ。立場を越えて愛を現したのが、ユダヤ人と敵対関係にあったサマリア人だった。
マルタは、忙しさのあまり土台にあった『愛』することを見失ったのか。主イエスとその一行に仕えることを喜びとしていたのだろう。その思いは、妹も共有していたと考えていた。だから、主イエスの傍らのマリアの姿勢に理解できなかった。私は、人にはよくあることだと思う。だからこそ、主に聞くのだ。「大切なのは一つだ」と。そのことがあるならば、マリアの姿勢を支えていくことができる。
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